3月の残像カフェ

昔々、あるところに青春ロックがありました。今もあるけど。最近の、ぼくりりやサチモスを聴いてる若い衆(個人的な偏見による)には驚きかもしれませんが、感情をストレートにぶつける音楽性がよしとされていた時代があったのです。一世風靡したメロコアがほとんど英語歌詞(大抵のバンドは文法を間違えている曲がある)だったのと比較してか、日本語ロックとも言われていました。時期的にはだいたい僕と同世代であれば、高校に進学した年齢前後で、J-POPのチャートやオリコンに価値を見いだせなくなり、初めてのメロコアを田舎のTSUTAYAやCD屋で視聴し、衝撃を受ける頃とその後、数年間です(偏見多し)。

僕がその頃に聴き込んでいたバンドも最早、立派な大人になり、あるものは逮捕されたり、復活して話題になったり。

その頃のアルバムを聴くと、懐かしい気持ちになるとともに、演奏酷いな、と素人ながらに思ってしまうわけでして、今そっち方面で人気のナニワ?の音楽が帰郷した時に妹の車につないだiPhone6sから流れても、懐かしさ補正がないために『おいおい、妹よ、一体何がよいのだこのバンドは?フェスなどに行くほどなのか?もしや彼氏の趣味なのか?』としか思えないのはやはり僕が歳をとったせいでしょうか(ハニワ?の演奏がひどいという意味ではないです)。

そんな中、残像カフェ。PVが自主制作っぽい、わかりやすいストーリー。わざとかもしれないですね。このバンドは僕が若い頃には聴いていません。このバンドに出会ったのは僕が上京してから数年後、もう今はない高円寺のレンタルCD屋でした。なのに、妙に高校時代以降の懐かしい青春ロックを思い出させてくれます。リリースを見ると、僕が青春ロックから離れつつあり、より高尚であるクラシック音楽を聴きだした大学時代にCDを出しているようです。

『3月のシーン』は特にそんな感じ。なんと驚け、PVのアスペクト比が4:3。こういう音楽が好きな奴はこういう女の子がタイプだろ、って感じの女の子がPVに大絶賛出演してます。Amazonですかね。

僕が3月はいいねえ、としみじみ思っていた時期が大学の3-4年生のころでした。表現が拙いために誰にも伝わらりませんでしたが、当時、学業ほどほどに、映画制作サークルで3月の不安と期待を描いた自主制作映画を一本撮りました。そしたらこのアルバムもちょうどその頃のリリース(iTunes調べ)。残像カフェの皆様と僕とは同じ時期に同じ感覚を共有していたのだ、と言うには畏れ多いですが、数年ぶりに3月にこの曲を聴いてまだこの曲を知らなかった大学3-4年の頃を僅かながら思い出したので珍しくその季節感をもって3月始めの日記といたします。

ただ、この曲って感覚的には3月の中旬から下旬ころなんですよね(3月マニア調べ)。卒業とか、新生活とか。少なくとも大学受験生は本日3/1は国公立志望を中心にまだピリピリしてる時期です。

最後に蛇足ですが日本語の歌でよくある、3月、と言えば卒業と新生活、と言えば桜、というイメージは僕が22年間過ごした東北にはありません。とうほぐの桜は早くても4月中旬、あるいは5月頭くらい。とうほぐの大学生にとって桜と言えば新歓のイメージです。いっそ東北には河津桜でも植えたらちょうどよくなるんじゃないでしょうか。しかし、それが叶っていない現状、日本のミュージシャンの皆様におかれましては卒業をテーマに桜を歌詞に用いた場合、少なくとも日本人口の約18.6%の共感は得られないことを理解した上で曲を作っていただきたい(総務省統計局による2015年国勢調査:東北6県と北海道、ついでに勝手に新潟、富山、福井の3県の人口を足した、日本全人口に対しての比率、計算は当サイトによる)と思います。

2017-03-02 | カテゴリー 日記 | タグ